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膨らまない話。

Tyurico's blog

どの政党にではなく、パワーバランスに投票したい。

有権者それぞれに10票が与えられる。 で、A党5票、B党3票、C党2票、というように投票、集計される。 消去法でA党かと思いながらバカ勝ちはさせたくない。 どこが勝つかより、力のバランスに注文を出したいのだ。 投票しどころが分からない - 膨らまない…

犯罪者役がはまるお笑い芸人って

犯罪者役がはまりそうな芸人って別格におもしろい人が多いように思う。

「人は見かけによらない」と言うことわざが意味するところ

自明の事柄に関してことわざは要らない。 「人は見かけによらない」とわざわざ忠告する必要があるということは、逆に「ほとんどの場合、人は見かけによって判断して特に問題がない」ということを意味している。

アメリカ 銃の国 自動車の国 飛行機の国

ネットでアン・モロウ・リンドバーグ関連の調べものをあれこれしていて思ったことだが、たぶんアメリカって飛行機の国でもあるんだろう。航空機の歴史と文化というのが深く、幅広く、産業や軍事だけでなく個人の日常や仕事のレベルでも根付いているんだろう…

「菊千代」と名乗る不憫さ

映画『七人の侍』の中で三船敏郎演じる「菊千代」だけは本当の侍ではなく、俺は侍だと言い張っているだけの男。おそらくは戦乱で孤児となって己の膂力を頼りに辛くも生き延びてきた百姓の倅で、どこかで手に入れた武家の家系図を開いてそう言い張る。そこに…

ティム・バートン→ バナナ・ボート→ ハッチポッチステーション。

このところ頭の中で鳴っているのが、ジャンプ・イン・ザ・ラインという曲。 まだティム・バートン監督が今ほど知名度のなかった昔のこと、ビートルジュースというコメディ映画があってそのエンディングに流れていて覚えた。 当時は調べるのが難儀だったが今…

21世紀のダビデとゴリアテか

アルジャジーラより。 見れば投石器を使っている。 投石器といってただちに連想するのは旧約聖書のダビデだ。 だが今日ゴリアテと呼ばれるべきはむしろイスラエルだ。 2千年越し、いや3千年越しのアイロニーか。 www.aljazeera.com

遊びをせんとや

遊びをせんとや生まれけん、と聞いたことのある人でもその続き、戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ揺るがるれまで知っている人は少ない。 ましてこれが梁塵秘抄にある歌だということを知る人はさらに少ない。 こう言いながら私も梁…

ブログを書いて良かったことといえば

もともとのブログが完結すればもう書くつもりはなかったのですが、たまたまそちらにコメントを下さった方のブログを覗いたらこれが面白くて、それで少し欲がでました。それから池内紀さんが書いた恩地孝四郎の本を読んでこれの文章にかなりガッカリして、見…

感動体験と作品の価値は別もの

「私の心が揺り動かされた」という事実と、作品の価値は別物だ。類型的なたわいもないものにいたく揺さぶられ涙を流すということだってある。

手放しの絶賛というのはもはや身びいきに近い

手放しの絶賛を見ると、そんなに凄いのかとつい恐れ入ってしまうが、 身を乗り出して手放しで絶賛するというのはもうそれを半ば我が事として見ているからなので、そこを差っ引いて受け取った方がいいと思う。

野菜の中の野生

生産地の住民なので「辛味大根」というのは普通に見かける。思うにマンガ『美味しんぼ』で取り上げられたのが普及のきっかけで、実際この辺りでも、昔から作られていたにも関わらずよく目にするようになったのはそう古いことではなかったりする。普通の大根…

「なんで」とは問わない

ある時から、「なんで」、「どうして」という言葉では考えないようにし、「どうすれば」という言葉で考えるようにした。 まあわりとこの頃の話なのだけれど。 思考パターンや性格を変えようとするより言葉を変える。

エヴァンゲリオン  閉鎖/侵入/拒絶/融合

あるいは、境界/侵入/拒絶/融合。 TV版のエヴァンゲリオンを設定やストーリーの解釈なしで見ると、使徒のサイズでも人間のサイズでも、大体こんな感じの話だと思う。

花とメカニズム 狂い咲きという現象から

花の狂い咲きは、とにかく一定の条件が満たされれば構わず作動してしまうという事だと考えられ、ならば生命の概念はメカニズムの概念と必ずしも相反しない。こういう辺りは機械の馬鹿正直さとそう違わない。

「手塚治虫って実はエログロ作品も描いてるよね」じゃなくて、たぶんエログロは手塚マンガの本質だ。

手塚マンガはむしろエログロの薄暗い部分に一番強い魅力を感じてしまう。 と言っても、ああ見えて手塚治虫ってけっこうエログロの異色作問題作も描いてるよね、って話ではなく、「エログロ」と括られることのない普通の作品でもあちこちにエログロの強い力が…

百万部の本

それがどんな本であれ、一時のあいだに百万部も売れるというのはもはや必要のない人にまで間違って届いてしまっているということだろう。 「バカ」 の本はなぜ売れるのか - 膨らまない話。

茶の美味さを味わい尽くそうとする中国茶の徹底ぶりは、感嘆するやら呆れるやら

ああいう道具立てを考え出すというのは何と言うか、大雑把なようでいて目的に適ってさえいれば細かい面倒なことでも厭わない人たちなんだなあと思う。茶碗ごとに茶の濃さが違わないようにと、最初に茶海というポットに全部注いでから後に個々の茶碗に分けて…

麦焼酎とパンの匂い

大麦と小麦、原材料が別なことはわかっているのだが、 それでもやはり最近買った麦焼酎にはパンの匂いがするように思う。 ラベルの文章を手掛かりに調べると、焼酎の蒸留には減圧蒸留と常圧蒸留という二通りの方法があるのだそうで、減圧すると低い沸点での…

WWⅡ イタリア戦線のカラー写真で思ったこと

LIFEのサイトで見られる第二次世界大戦の未発表カラー写真。イタリア戦線を写した23枚。 World War II in Color: The Italian Campaign and the Road to Rome, 1944 10枚目の写真は敗走したドイツ軍が残していった墓標が並んでいる写真で、最初に見たときは…

小さな子供が大人に望むこと

細かく見れば色々なんだろうけど、小学生くらいまでの子供が周りの大人との関係で望むことを簡単に言えば、根っこに一つ大きくあるのは 「見て!」 っていう願望なのかなと思った。 「見て!」 とか 「見てて!」 とか、 あるいは、「見てて!(でも手は出さ…

誰もが合理的な考え方をすると前提することは合理的な考えではない。

合理的な考え方の中には、「非合理な考え方をする者も少なからずいる」という考えも入れて置くべきだと思う。

こだわりの手打ち蕎麦屋はどうして山の奥へ山の奥へと入ってしまうのか。

どうも客が増えて評判が上がった頃に辺鄙な所に越してしまう。

茶の湯の美意識のあやうさ

こう言っちゃなんだが、 茶の湯の美意識というのは、ふつうなら目を留めないようなところに新たに美を見出して楽しむというところが大きいので、 逆にそれが悪くはたらいてしまって、 「そこが素晴らしいんじゃないですか、わからないかなあ。」 っていう勘…

技術が2倍に進歩しても被害は1/2にならないということ

仮に従来と同じ重量で2倍の強度の素材が得られても、 結局それを1/2の厚さで使用したり、 2倍のスケールの物を造ったりするのが大方なので、 事故の際の被害は必ずしも1/2とはならない。 なかなか。

ディレクターズ・カット版の映画に拍子抜けすること。

『ゾンビ』シリーズを一作も観てないのになんですが、こちらの記事を読んでいて頷きました。 好みの問題ですけどね - 魂の売れ残り 映画の完全版とかディレクターズ・カット版というのは、資金不足、上映時間の超過、技術的な困難、映画会社の意向など諸々の…

ことさらに武士道と言い出したのは

彼らがあらためて武士道というようなことを考え始めたというのは、 泰平の世で侍たちの行うべきことがいよいよ無くなり、それほどまでに自分たちが何者であるかわからなくなってしまったということではないか。

「大阪のオバちゃん」というキャラの自認

TVに映るようないわゆる大阪のオバちゃんって、「大阪のオバちゃん」てキャラを幾分か自分で意識してるところがあるんだろうか。なんだか自画像の輪郭線を何度も重ね描きしてニュアンスのない極太の一本線にしてるみたいに思えるんだが。喩えの方がかえっ…

洗練と衰弱は

洗練と衰弱はおそらく地続きだ。 いっそう精緻になり、しかし力強さは失われる。

信用より何より、猪瀬さんはあれだ、

猪瀬さんは今回の件で信用を失ってしまったとかよりもむしろ、 完全に笑い者になってしまったことの方が傷がでかい気がする。

「夜の新橋のサラリーマンたる者」という自覚

夜の新橋のサラリーマンにTVカメラを向けると、「夜の新橋のサラリーマンたる者は」という自覚がどこか生まれてきて概ね期待したようなリアクションになってしまうんだろうと思う。

堅い種子のような言葉

柔らかくたちどころに甘い果実のような言葉もあれば、 芽吹くに適した土を長く待つ堅い種子のような言葉もあるのだろう。 時には何百年と。

かつて新幹線が東京―大阪間を結んで、

それで親の臨終にどうにか間に合ったというようなのは確かにありがたい恩恵であるが、泊まりの出張で羽を伸ばすこともできたのが日帰りで片付けなきゃならなくなってしまったなんてのは、良いんだか悪いんだか。

「は」 と 「が」 の助詞の使い分け

主語なしで書いた場合。A「~を信じることはできない。」 B「~を信じることができない。」 Aの書き方だと一般性を帯びているように感じ、Bの書き方だと、「私は~」という感じになるような気がする。

なぜ彫刻の方が絵画よりも早く写実的な表現に至るのか

絵画での人物表現と、彫塑での人物表現を歴史的に比べてみると、洋の東西を問わず、彫刻や塑像の人物表現の方がより早い時期により高い写実性を実現しているように思われるのだが、立体の方が表現しやすいのだろうか。

お前は俺の怒りをわかってない、という怒りは既にもう別の怒り。

人を怒っているとき、何を怒られているのか相手が今一つわかってないようだと一層怒りが強まるものだが、その怒りは元の怒りとはもう別物なわけで、それを上乗せしないようにした方がややこしくならないと思う。

ビートたけしとくだらなさ

ビートたけしは面白いことが好きというより、くだらないことが好きなんだと思う。

整体とスピリチュアル?  とにかく整体師が人生のメンターというポジションを得るのはどうかと思う。

何だか知らないが、整体とスピリチュアルが同席する傾向が強いのは一体どういうわけなんだろう。 ふとそう思って検索したら 「スピリチュアル整体」っていうような言葉をもう当然のこと自明のことのようにあちこちの開業者が書いていて、ああ現在もうそうい…

はっぴいえんどの『春よ来い』の歌詞は少しヘンだ

はっぴいえんどは大好きなバンドで「春よ来い」も好きな曲なのだが、歌詞の冒頭はやっぱりヘンだと思って聞くたびに雑念が湧いてしまう。 お正月と云えば 炬燵を囲んで お雑煮を食べながら 歌留多をしていた ものです 雑煮を食べながらコタツの上でカルタな…

「のだめ」と次郎長

幕末明治の侠客 清水の次郎長。 本名、山本長五郎。 「清水の~」と生まれ在所で呼ばれるようになったのはレオナルド・ダ・ヴィンチと同じことだが、 近所の子供の名前と紛らわしいので「次郎八の息子の長五郎」で「次郎長」になったのは「のだめ」のような…

ギャグマンガと恐怖マンガの共通性

恐怖マンガ、怪奇マンガの作者が往々にしてギャグマンガの作者でもあるということ。楳図かずお、高橋留美子、藤子不二雄A、ジョージ秋山、つのだじろう、伊藤潤二…… ギャグとホラー。グロテスクという通底。

敵意を共有しない者は同じく敵である

敵意を共有しない者は同じく敵である、という判断。 そもそもの憎しみや怒りの対象以外に、憎しみや怒りを共有しないことに向けられる憎しみや怒り。

似ている二つがなぜ笑えるのか

二者間の類似性の発見が笑いを喚起するという事態は一体どういうことであるのか。

投票しどころが分からない

こういう投票システムはどうだろうか。各人に10ポイントが与えられる。 で、A党に4ポイント、B党に3ポイント、C党に1ポイント、D党に2ポイント、というように投票、それらが集計される。0ポイントという投票があってもいいかもしれない。消去法でA党な…