膨らまない話。

Tyurico's blog

レゲエとジャマイカ独立の関係、というか無関係

レゲエ、特に初期のレゲエには抵抗、反逆の音楽というイメージもあって、以前はレゲエとジャマイカの独立をなんとなく結び付けて把握していた。実際ネットでは今でもそんなような記事が見られる。
しかし調べてみるとジャマイカの独立は1962年で、スカとロックステディのあと1968年にレゲエが生まれたわけで、レゲエとジャマイカの独立は関係のない事柄だとわかった。
 
で、ここからは個人的な推測になるのだが、たぶん実際の事情は、ジャマイカがイギリスから独立して間もない頃は解放感と希望でいっぱいだったんだけれど、やがて独立前より社会は混乱して経済的にも落ち込んでいって、そういう状況の中でレゲエが生まれた、たぶんそんな感じなのではないか。
良くも悪くもイギリスが統治していた時代の方がとにかく安定はしていて、しかし独立して枷が外れてさあこれからは自分たちでとなったら今度は国内の対立や混乱がどんどん激しくなっていって、ていうのはきっとあると思う。

近年新しく独立や民主化を達成した国々のその後の報道を聞くに付けてそう思う。
 
 

Lord Creator - Independent Jamaica
1962年、ジャマイカ独立を歌った曲。レゲエではないしスカでもない。
 

シンガーとしてのリー・ペリー

リー・ペリーLee 'Scratch' Perryキング・タビーと並んでダブの始祖と称される御方だが、彼はダブのエンジニア、プロデューサーだけでなくて、自分でも歌う。というかむしろ最初はシンガーだったと言うべきか。
上手いとか声がいいとかじゃないんだが、私はシンガーとしてのリー・ペリーも好きだ。
 

Lee" Scratch" Perry Disco Devil ( 7mix )



Lee Perry Big Neck Policeman
この曲大好き。



Stay Dread
若い頃は小綺麗でなんかちゃんとした人の感じ。ポーズもプロデューサーっぽい。



Lee "Scratch" Perry & The Upsetters - In the Iaah(Soul Fire)


The Best of Lee Scratch Perry

The Best of Lee Scratch Perry

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TROJAN。二枚組コンピレーション。紙ジャケで出し入れがしにくくて、すぐに破れてきて悲しい。
 
Ape

Ape

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TROJAN。これも二枚組で、しかも代表作と言えるオリジナルアルバム3枚分を収録したというか悪く言えば二枚に詰め込んだお徳用。
Super Ape と Return of The Super Ape はジャケットのイラストが強烈なアイランドレコードのとは別の、ジャマイカオリジナル版みたいな感じらしい。(アイランド版を持ってないので比較できないが、アマゾンのレビューを読むと断然こっちの評価が高い。)
 このオリジナルアルバムは上のCDに収録されているのだが好きな曲が多く、これは一枚独立で聴きたくなって別に買ってしまった。全曲リー・ペリーが歌うアルバム。1978年。
 
Chicken Scratch

Chicken Scratch

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ごく初期、1965年頃の曲を収録したアルバム。ルックスから全然違うし、もちろんレゲエ、ダブ以前。演奏はスカタライツで、中にはウエィラーズがバックコーラスをしている曲なんかもある。なんせリー・ペリーボブ・マーリーよりも九つくらい年上の人間だ。
しかしこれは私にはまだ早かったか。
 

それでもイエローマンはジャマイカに生まれたからまだ良かったのかも

イエローマンジャマイカのミュージシャン。
彼はアルビノの黒人で、そのせいで親にも捨てられ周りからは差別されいろいろ苦労してきたようなのだが、それにも負けず見た目を言い表す蔑称の「イエロー」を敢えて芸名に選んで人気ミュージシャンとなったタフな男だ。
 

Mister Yellowman

Mister Yellowman

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だがそれでもイエローマンジャマイカに生まれたからまだ良かったのだ。

アフリカに生まれてたら命が無かったかもしれないのだから。
アフリカの一部の地域だろうが、アルビノの子供は襲われて手足を切断されたり殺されてバラバラにされたりするという恐ろしい話がある。ネットの噂とかじゃない、名の有る報道機関の記事だ。
 
しかしさらに恐ろしいのはその理由で、彼らは嫌悪や憎悪から襲われるのではなくて、これがまさに耳を疑う話なのだが、アルビノの身体には強い魔力が宿っていると信じられており、彼らの手足などを呪術の道具にするために襲われるのだという。
 
CNN これはマラウイの話。
www.google.com
 
Daily Mail これはタンザニアの話。
www.google.com
 
BBC 「お前の脚をもらう」、これもタンザニアだった。 
news.bbc.co.uk
 
犠牲者は子供ばかりではなかった。大人も殺されてしまう。埋葬された遺体すら狙われるらしい。
 
でも今時こんな迷信に囚われている連中も案外スマホなんかは持ってるんだよな。
スマホの光も無明は照せぬ。
 
teckiu.blog.jp
 
www.reggaecollector.com
 

プリンス・バスターの「ワン ステップ ビヨンド」って意味は

「一歩踏み出せ」、「一歩向こうへ」ということだろうか。
 

これは2003年、大阪のスカバンドデタミネーションズと一緒にやった時の。曲前の喋りでそんな感じのメッセージをバスターが語っている。(動画はその箇所から再生されます。)
「行く手を山が阻んでいる、そんな時。ああ、なんてこったと言う奴もいる。上等だ、やってやるぜと言う奴もいる。」意訳ね。

イントロからかっこいいなー。


 
オリジナル。1964年。

PRINCE BUSTER - ONE STEP BEYOND

 
これはマッドネスによるカバー。1979年。

Madness - One Step Beyond (Official Video)
 
冒頭のセリフを読んではじめて気づいたのだが、すごい韻を踏んでたんだな。

Hey you, don't watch that, watch this
This is the heavy heavy monster sound
The nuttiest sound around
So if you've come in off the street
And you're beginning to feel the heat
Well, listen Buster
You better start to move your feet
To the rockiest, rock-steady beat
of Madness
One step beyond
 

「表に出て来い、バスターを聴け」ってことかな。ただ、rock-steady beat って言ってるけどこの曲はスカだと思う。
 
 
ところで、実はアメリカの古いテレビ番組で One Step Beyond というのがあった。1959年から1961年にかけて放送された。
日本で放送された時のタイトル、『世にも不思議な物語』から察せられるように、この One Step Beyond というのは「日常の世界から一歩越えて不可思議な非日常の世界へ行ってしまう」という感じなんだろう。(後年のフジテレビ制作の『世にも奇妙な物語』という番組のタイトルもこれがルーツであるに違いない。)


世にも不思議な物語 1 「時空を超えた再会」(1/2)


案外、バスターもここから言葉を得たのではないか。すると「もう一歩足を出せ」ってよりも「未踏の領域へ踏み出せ」って感じだろうか。
放送時期はスカが生まれる少し前で時間的にも整合するし、その頃ジャマイカサウンドシステムをやっていた人間は流行りの音楽をアメリカから仕入れてたわけだから、十分あり得る話だと思う。*1
 
またバスターの別の曲 Al Capone では Al Capone guns don't argue ってセリフが冒頭に入るのだが、これも50年代に Guns don't argue っていうギャング物の映画があったようで、たぶんそこから来てるんじゃないか。*2
  
 
しかしさらに調べていたら、1963年のジャズのアルバムで One Step Beyond というのもあった。(アルバムタイトルで、同名の曲は収録されていない。)「フランケンシュタイン」とか「ゴーストタウン」とかホラーものっぽいタイトルの曲もある。

One Step Beyond

One Step Beyond

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こっちの可能性もあるな。。

 
最後にスカパラの。これは冒頭のセリフからまんまマッドネスのカバー。

TSPO -one step beyond
 
  
ジャマイカ音楽史初期におけるサウンドシステム・ビジネス事情と歴史的名盤 - ワールド・レゲエ・ニュース by ダブストア
 

*1:サウンドシステムというのはすごく簡単に言うと「移動式野外ディスコ」。ジャマイカオリジナルの音楽が生まれる以前はアメリカの最新のレコードを手に入れてそれをかける、というやり方で、どんな手を使っててでも他のサウンドシステムよりも新しい曲、盛り上がる曲を手に入れるということが重要だった。

*2:テレビ版をまとめて映画にしたものらしく、テレビ放送時のタイトルはなんと Gang Busters 。

スカとレゲエの最初の世界的ヒット曲は意外に古いのだった

スカもレゲエも実はごく初期に普通のポップスの体裁で世界的なヒット曲を出している。どちらもよく売れて日本でもレコードが発売された。
 
1964年、ミリ―・スモールの My Boy Lollipop。

Millie Small My Boy Lollipop Original) YouTube
スカにハーモニカというのがちょっと珍しい。ウィキペディアによると、もともとはホーンだったパートをハーモニカに替えたらしい。それでよりポップス寄りになっている感じ。

My Boy Lollipop: the Best of

My Boy Lollipop: the Best of

  • アーティスト:Millie
  • Spectrum
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「新リズム スカ 登場!!
プロデューサーはアイランド・レコードを創業したイギリス人、クリス・ブラックウェル。この世界的大ヒットを足掛かりにアイランドは発展したとのこと。
「唄」という表記や330円という価格に時代を感じる。でもよく考えれば1964年頃にシングル盤330円って結構な値段か。してみるとレコードって高い物だったんだな。



1968年、デズモンド・デッカーの Israelites。 

Desmond Dekker-Israelites
ミュージックビデオはおそらくイギリスで撮影されたものだろう。いわゆる「レゲエ」のイメージとはだいぶ違った雰囲気だし、最初に聴いたときはこれがレゲエだとは思わなかった。

  


邦題は「イスラエルちゃん」なんて残念なタイトル。
 

この曲は1969年のものだという記述も時々見られるが、写真の通り、1968年のリリース。最も初期のレゲエの一枚と言うことができる。
プロデューサーはレスリー・コング*1 
彼はジャマイカの音楽に大きく貢献したのだが、残念ながらレゲエが本格的に流行る前、1971年に30代で若死にしてしまった。
 
tyurico.hatenablog.com
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*1:レスリー・コング Leslie Kong(1933-1971) デズモンド・デッカーの他にも、ウェイラーズ、トゥーツ&ザ・メイタルズ、ジミー・クリフ、デリック・モーガンといったミュージシャンのプロデュースを手掛けた。中国系のジャマイカンで、「コング」と表記されるが、たぶん発音は鼻音で実際はむしろ「コン」に近いのではないかと思う。