恥ずかしながら「昆布氏」の話は全く記憶に残っていなかった。昔読んで気に入った本で、今も手もとに残してあるのに。
「くず」と云う地名は、吉野川の沿岸附近に二ヵ所ある。下流の方のは「葛」の字を充て、上流の方のは「国栖」の字を充てて、あの飛鳥浄見原天皇、― 天武天皇にゆかりのある謡曲で有名なのは後者の方である。しかし葛も国栖も吉野の名物である葛粉の生産地と云う訳ではない。葛は知らないが、国栖の方では、村人の多くが紙を作って生活している。それも今時に珍しい原始的な方法で、吉野川の水に楮の繊維を晒しては、手ずきの紙を製するのである。そしてこの村には「昆布」と云う変った姓が非常に多いのだそうだが、津村の親戚もまた昆布姓を名のり、やはり製紙を業としていて、村では一番手広くやっている家であった。津村が語ったところでは、この昆布氏もかなりの旧家で、南朝の遺臣の血統と多少の縁故があるはずであった。
谷崎潤一郎 『吉野葛』
これもきっと縁というもの、久しぶりに読み直そう。
tyurico.hatenablog.com