膨らまない話。

Tyurico's blog

福田ますみ『モンスターマザー』を読んだ。

2005年、長野県の丸子実業高校の一年生男子バレー部員が自殺した。母親は、バレー部でのいじめが原因でバレー部と学校はそれを隠蔽しているとして追及し、人権派として知られる弁護士は驚くべきことに校長を殺人罪で告訴までする。マスコミは母親の言葉を伝え、学校とバレー部は批判と中傷にさらされていく。
しかしそれは事実無根の話で、実は彼は家庭でネグレクトの状態にあり、彼が自殺に至った原因はむしろ母親の異常さにこそあったということが裁判を通じて逆に明らかにされていく。
 
モンスターマザー「さおり」の身近な人間が語った印象深い言葉を引用しておこう。
 

この時、佐久警察署の署員は、知らせを受けて病院に駆けつけたさおりの実兄が「お前が殺したようなものだ」と言って、さおりの頬を叩いたの目撃している。

 

実兄は、さおりが大暴れして自ら110番通報した際、佐久警察署に呼び出されたことがある。その時、署員たちの前でこう言い放ち、大いに驚かれた。
「妹が死ぬ死ぬ言うなら死んでもらえばいい。身内にしてみたらそれが一番助かる。」

実の兄からここまで言われる人間。
 

祖母は、「(さおりを)病院に連れて行かなくてもいい、自殺などしませんよ。かっとなる性格で、時間がたてば落ち着きます」という。

さおりは些細なことで激昂しては「死ぬ」と叫んで暴れる。でもいつも言うだけで実際に試みたことは一度もない。
 

裕太君の自殺とさおりの錯乱状態が続くなかで、一番心配されたのが次男のまなぶ君への影響だったが、それについても祖母はこう言った。
「(さおりは)裕太に対するのと違って、まなぶには何もしないから大丈夫です」

長男だけがネグレクトされていたらしい。
 

 しかし京子が一番心を痛めたのは、裕太君が所属していた小学生バレーチームの関係者からのこんな証言である。
「裕太君は小学生の頃、食事や入浴を満足にさせてもらえず、ネグレクト(養育放棄)状態だった。見かねて、同じチームメイトの保護者がおにぎりを作って裕太君に持って行ったり、自宅に連れて来てお風呂に入れてあげたりした。さおりから『邪魔なんだよ』と蹴られたり突き飛ばされたりするところをよく見た。」

「京子」は、丸子実業バレー部監督の妻。
 
最後に離婚した夫の法廷での証言。

代理人「さおりさんの暴力の様態、どんな暴力を振るってきましたか」
小島「まず、物を投げつける、あと木製のハンガーとか、あとスチール棚の金属製の足組みするパイプとか、あとコップを投げつけたりとか、皿とかコップなんですけど、あとは靴を履いたまま足でけっ飛ばしてくるとか」
代理人「ハンガーだとかスチール製のパイプというのは、どういうふうに暴行に使うんですか」
小島「手に持って殴りかかってくるわけです」

さおりは小島から約600万円の損害賠償訴訟を起こされ敗訴している。しかし一銭も支払っていない。(小島は2番目の夫で、子供はさおりの連れ子。)
もうお腹いっぱい。
 

しかしまたもう一つ書き残しておかなければならないと思うのが、このとき殺人罪での告訴に踏み切った「人権派」で知られる弁護士と、追及の旗振り役を務めたやはり「人権派」の著名ジャーナリストのことだ。
弁護士は高見澤昭治
2004年にイラクで日本人市民活動家が人質に取られた事件の際、被害者家族の代理人として活動したのが高見澤昭治だった。
ジャーナリストは鎌田慧
自動車絶望工場』などで知られる鎌田慧は『週刊金曜日』に学校を追及する記事を書いた。鎌田は高見澤と旧知の間柄だという。

残念なことに、先入観と予断に支配されて事実を疎かにするという、その職業上の適性を疑われるような欠点において両者は共通していた。
高見澤は後に、丸子実業高校校長から逆に損害賠償請求訴訟を起こされて敗訴。また丸子実業バレー部関係者が東京弁護士会に申し立てていた懲戒請求が認められ、高見澤には戒告処分が下されたという。
鎌田には著者の福田が2度手紙を書いて取材を申し込んだのだが何の返事も無かったそうだ。
高見澤も鎌田も、何の釈明も謝罪もない。
 
損害賠償請求の法廷で、高見澤が、「さおり」が信頼できる人物だとどうして判断されたのかと問われての笑うしかないくだり。

「こう言っちゃなんですけども、それは初対面でわかる人もいればわからない人もいますが、2度、3度会っていくうちに、ああ、この人は本当のことを言っているなと、この証拠というか、こういうものに照らせばさおりさんの言うことは間違いないなと、こういうふうに判断していきました。非常に記憶力がいいというか、正確に話しする人ですし、そういう意味では私は信頼して事件を受けることにしました。」
 
法廷に失笑が漏れた。

 
「法廷に失笑が漏れた。」
高見澤という弁護士に人を見る目が無いということはよくわかる。

両人の他の仕事はどうだか知らないが、高見澤と鎌田がこの事件において「人権派」として行った「正義」をよく覚えておこうと思った。
自分の「正義」に疑いのない人間は自分の「暴力」に無自覚な人間だ。
 

この本はこちらのブログで興味を持って読んでみた。
koritsumuen.hatenablog.com