膨らまない話。

Tyurico's blog

『勝新秘録』を読んだ

勝新秘録 わが師、わがオヤジ勝新太郎

勝新秘録 わが師、わがオヤジ勝新太郎

 
私は芸能人の武勇伝とか破天荒なエピソードといったものにはあまり興味がなく、そういうイメージの典型であるような勝新太郎にも興味はなかった。
しかしあるとき正月の深夜のテレビでたまたま『座頭市』を見たのがショックとなって、それから立て続けに過去の作品を見ていき、ついには勝新太郎のファンになってしまった。
 
この本もやはり、金銭に無頓着で経済に無知で金遣いがすごいとか、法律とか警察とか気にしないしヤクザや警官も一目置くとか、その手の話が多いのだが、しかしまあそういうのは昭和の大スターにはよくある類いのエピソードだとも言える。

しかしまた著者は、勝新太郎は常に自分の周囲の人間のことをよく見て細やかに気を配っている人だったということを示すエピソードも多く伝えていて、それが全く意外で私はそっちの方が印象に残った。彼を取り巻く多くの人たちから愛されていたのも、だからこそなんだろう。
 
本の帯には「抱腹絶倒のアウトロー怪物伝!」という文句が踊っているが、そういう惹句はありきたりでよろしくない。
もうちょっとたくさん書いてくれるとなお良かった。
 

木喰上人がデカかったという話は意外だったが納得の話でもある

NHKの日曜美術館で木喰上人をやってたので見てたら、当時の記録に「身の丈六尺」とあるのだそうだ。江戸時代に身長180㎝以上。これはデカい。
また上人が自身の姿を彫った像とされるものが映されたのだが、なんか二の腕が太い。たくましい。

上人が生涯に彫った仏像は千体を超えるという。だいたい考えてみれば、木を彫って仏像を造るなんて行為がそもそもけっこう大変な肉体労働であるのだ。日本中を歩いて旅して廻って各地で仏像を彫る、そんなことを90過ぎまで続けたらしい。ヤワな体ではとても無理だ。
 
木喰、木食というのは食べる物に厳しい制約を課す修行のことで、ある説明は米穀の類を口にしないと書くがまた別の説明は木の実や果物しか食べないとか書いていて、要するに説明もまちまちで正直詳しい実態はよくわからないのだが、とにかくろくに栄養がある物を食べていなかったのは間違いない。普通の出家以下だっただろう。
そういう木食僧だから痩せ細ったイメージをずっと抱いていたのだが、どうも上人は並外れて頑健な肉体の持ち主だったんだろう。
 

 

 

出来てるんだけどなぜ出来ているか本人もわかっていない先輩とか

出来てるんだけどなぜ出来ているかは実は本人も理解してないものだからそれを他人にちゃんと教えることは出来ないという人がいる。
 
それだけならまだいいのだが、これが善意や熱意を備えているとむしろ災難で、後輩に間違った指導を熱心にしてしまったりする。