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膨らまない話。

Tyurico's blog

ネットも案外「世間は狭い」

ふとしたことで初めて覗いたブログの☆のところを見ていると、自分のブログを読んでくれている人を見つけることがある。
そういうことが意外とある。
なんか「世間は狭い」という言葉を思い出す。
 
「世間」が総体的なものとして自分の外部のどっかに存在すると考えず、「自分が属するところ自分が赴くところが世間である」と考えるなら、世間は狭いというのは別段不思議なことでもない。どっかで繋がっているんだろう。

 

ジャマイカの元首相がセレクトしたコンピレーションアルバム

これはジャマイカの第5代首相だった Edward Seaga氏が監修したという4枚組コンピレーションアルバム。1959年から2009年まで50年間の100曲を収録している。
1499円という安い出品があったので買ってみた。今のところ2枚しか聴いてないが、これがなかなか良かった。
 

Reggae Golden Jubilee-Origins of Jamaican Music

Reggae Golden Jubilee-Origins of Jamaican Music

  • アーティスト: Reggae Golden Jubilee-Origins of Jamaican Music
  • 出版社/メーカー: Vp Records
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表紙、裏表紙にCDが2枚ずつ収まって、間に60ページの解説文を挟んだハードカバー本のような物が送られてきた。(収録曲やアーティストはアマゾンの画像を拡大して読んでください。)
 
 
なんで元首相がレゲエというかジャマイカ音楽のアルバム監修に携わったのかと不思議に思われるが、Seaga氏の経歴はちょっと変わっていて、彼はジャマイカが独立する前から政界に入っていたのだが、また同時期に West India Records Limited という会社を立ち上げて、ヒッグス&ウイルソンバイロン・リー&ドラゴネアーズとかのレコードをプロデュースしていてた。*1


また1964年から1965年のあいだ開催されていたニューヨーク万博の際には、時の大臣としてスカ・ミュージシャンのチームを送って万博にスカを「出品」したのだという。

This Is Ska - Documental (COMPLETO)
これはBBCなのか何なのか、詳しいことがわからないのだが、その頃に撮影、編集されたと思しきフィルム。



そして1978年、Seaga氏は全く思わぬ形で音楽シーンに再び姿を見せる。
当時ジャマイカは国を二分してジャマイカ労働党支持派と人民国家党支持派が激しくというか暴力的に対立しているような状況で、それでボブ・マーリーが融和のためのコンサートで双方の党首をステージに上げて二人を握手をさせた、というのはよく語られるエピソードなのだが、そのとき労働党の党首であったのが Seaga氏だった。*2 *3


one love concert 1978 Bob Marley
3分45秒あたりから。長袖の白シャツが Seaga氏。
Edward Seaga氏は1980年から1989年まで首相を務め、1974年から政界を引退する2005年まで30年以上にわたってジャマイカ労働党の党首を務めた。
 
 

参考

ジャマイカ前大統領、エドワード・シアガ(Edward Seaga)がコンピレーション・ボックス・セットを制作 - ワールド・レゲエ・ニュース by ダブストア
翻訳がやっつけ仕事で読みにくく閉口する。
 
Edward Seaga - Wikipedia
 
www.allmusic.com
 
unitedreggae.com
 
1964 World's Fair Archives - Foundation SKAFoundation SKA
万博に出発する前のメンバーの写真が見られる。
 
トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズ (Toots and The Maytals) @ ウェスト・ホルツ in グラストンバリー・フェスティバル 2010.06.27 » Smashing Mag

*1:1962年、Seaga氏は会社をバイロン・リーに売却し、リーは名称を Dynamic Sound に改称して事業を引き継いだ。

*2:ボブ・マーリーが語られるときには必ずと言ってよいほど紹介されるエピソードだが、どういう経緯で二人の党首がコンサート会場にいたのかということを説明した文章を読んだことがない。やはりボブが招待したのだろうか。

*3:労働党」という名称だが、ジャマイカ労働党保守政党

「ネルソン・マンデラ」を作ったジェリー・ダマーズが南アフリカから表彰されていたという話

ネルソン・マンデラ1984年シングル。

Nelson Mandela - Special AKA *1
ネルソン・マンデラを解放せよ」という直球メッセージのこの曲はそれなりに知られている曲だと思うが、ジェリー・ダマーズがこの曲によって2014年に南アフリカ政府から表彰されていたという話はたぶんイギリス本国を除けばあまり知られてない話だと思う。

 

短期に終わってしまったが、70年代終わりから80年代初頭にかけてイギリスでスカとパンクをミックスした2トーンというムーブがあって、スペシャルズのジェリー・ダマーズはその中心的人物といえる存在だった。
1981年にスペシャルズ解散した後、ジェリー・ダマーズは新たなユニットのスペシャルAKAを組んで、そして「ネルソン・マンデラ」を作った。


The Order of the Companions of OR Tambo という賞の授与を伝える2014年の記事。BBC*2
www.bbc.com
記事によれば、当時UKチャートで9位になり、南アフリカでは発禁になったが違法コピーが広く聴かれたそうだ。
ネルソン・マンデラが亡くなった2013年、ラジオでピーター・バラカンさんが、この曲ではじめてネルソン・マンデラのことを知った人も多いんじゃないかということを語っていたのを思い出した。 
実はジェリー・ダマーズ自身もマンデラのことを知ったのは1983年のことだったと以下のインタビューで語っている。だからこの曲は人々の意識を変えたというより、何よりまずネルソン・マンデラという人物の存在と彼が強いられている境遇を広く知らしめたという功績が大きいのだと思う。


そのジェリー・ダマーズのかなり長いインタビュー記事。2013年。ガーディアン。
www.theguardian.com
ネルソン・マンデラのことを知ったのは実は1983年のことだったとか、もし詳しくマンデラのことを知っていたらアコースティックギターとか使ってもっとシリアスな感じの曲になってたんじゃないかとか、当時は反マンデラ勢力や反マンデラプロパガンダが山ほど存在してたし首相のサッチャーマンデラが所属していた政党ANCをテロリスト組織とみなしていたんだとか、いろいろと興味深い。
 

 
これは2014年、ブルース・スプリングスティーン南アフリカコンサートのオープニング。

Nelson Mandela (Cape Town 01/26/14)

 
 
ネルソン・マンデラ - Wikipedia
 
Jerry Dammers to be honoured in South Africa for Free Nelson Mandela | World news | The Guardian

 

*1:ボーカルは Stan Campbell。こんな端正な顔だったとは。

*2:OR Tambo, Oliver Reginald Tambo南アフリカの反アパルトヘイト活動家・政治家。

スカタライツが60年代にビートルズの曲をカバーしていたという話 その2

少し前のことだが、音楽コラムのサイト TAP the POP でスカタライツ美空ひばりの「リンゴ追分」をカバーしていたという記事を読んで驚いた。
 
www.tapthepop.net
 

The Skatalites - Ringo
 

リンゴ追分(美空ひばり)
 
 
それでスカタライツのCDの中で Ringo's Theme、「リンゴのテーマ」というのが入っているのを買ってみたのだが、ところが聴いてみたら上に貼った曲とは全く別の曲だった。
 
後で調べてわかったのだが何とまあこれが「リンゴ」違いで、リンゴはリンゴでもビートルズリンゴ・スターのことなのだった。
 

The Skatalites - Ringo's Theme (aka This Boy) Version 2
aka は also known as (また~としても知られる)の略記。
 
 

The Beatles This Boy{Stereo Remaster}
オリジナルのタイトルは This Boy 。
 
 

Ringo's Theme, (This Boy)
これはビートルズが主演した映画 A Hard Day's Night の一部分。曲はインスト・バージョン。*1
  


映画 A Hard Day's Night のサウンド・トラックとして This Boy のインスト・バージョンが作られた。そして映画のサントラ盤レコードが作られた時に(たぶんリンゴのシーンの曲だから) Ringo’s Theme (this Boy) のタイトルで収録され、それをスカタライツがカバーしたという流れなんじゃないかと思われる。
 
 

Hard Day's Night (Original Motion Picture Soundtra

Hard Day's Night (Original Motion Picture Soundtra

 
 
 

tyurico.hatenablog.com

 

*1:動画の最初、リンゴが女性ファンに追いかけられるシーンは映画『オースティン・パワーズ』のオープニングの元ネタの一つになっている。たぶん。

日本人は農耕民族だけと欧米人は狩猟民族だから、みたいな一見もっともらしい詭弁

そう説明されると、ああ確かになんてつい思ったりするが、よく考えれば彼らも別に狩猟で暮らしてきたんじゃない。
農耕と牧畜で文明を築いてきた。
 
せいぜい、彼らは肉食だが日本人はそうではなかったという程度の話だ。