膨らまない話。

Tyurico's blog

「人間も動物だ」と言えるなら

女の連れ子が一緒に暮らす男に虐待されて死亡する事件のニュースを聞くと、動物のオスがメスの連れている他のオスの子を殺してしまう行動を思い出す。

人間も動物だからそれもまた自然なことであるか。
 
だが、「人間も動物だ」なんていう自己認識を持てるのだから、やはり人間と動物を同じに論ずるわけにはいかない。

生来已む無しと言えど、人がしてはならないことだ。
そういうものだとしても、そうあるべきではない。
 

世界的な投資家の経済予測みたいなのって

あの手の人間は常に自分の利益になるように行動するわけだから、当然それも何らかの思惑とか目論見があってのことと考えるべきで、ニュートラルな発言のはずがない。
鵜呑みにすべきでない。

みんな違って、

「みんな違ってていい」とは思うのだか、
「みんなちがって、みんないい」とは必ずしも思わない。

あるがまま全肯定、というのは行き過ぎた仏教思想と同じで本当は救済にはなり得ないのではないか。
もちろん彼女は優れた詩人だったと思うが。


わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

 
日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

この本を買おうと決めた理由は、橋本治さんが解説を書いてたからなのだった。
この本に出てくる「本覚思想」というのなんかが「行き過ぎた仏教思想」の類い。
  
慈悲をめぐる心象スケッチ

慈悲をめぐる心象スケッチ

 

「自分は絶対だまされたりしない」という油断

「自分は絶対だまされたりしない」、そう言う人がオレオレ詐欺なんかに引っかかると警察官の親戚が言っていた。

考えてみれば「自分は絶対だまされたりしない」と考えるのは過信、慢心、油断である。付け入る隙は十分にある。
そりゃだまされもする。