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膨らまない話。

Tyurico's blog

ヘンリー・ダーガーがよくわからない

そうだろうか ほとんど誰も書いてない話

以前NHKの『日曜美術館』でも特集されたほどで、ヘンリー・ダーガーという奇人は日本でも既に十分関心と注目を集める存在になっていると言えるだろう。
奇人と評したのは、画家でも作家でもない素人の彼が、数十年もの長い年月にわたって誰に見せる為でもなく一つの長大な絵物語を作り続けたという特異な事情による。

満足な教育は受けられず終いで当然絵の描き方を教わったこともない。彼の死の一年前、家財の処分を任されて部屋に入ったアパートの大家がその作品に驚嘆してそれを世に公表したのが1972年だということで、粗末な紙に描かれたそれは今や高額の値がついて美術館に展示されるような物にまでなった。 ヘンリーダーガー

作品は、子供を奴隷として暴虐を加える王国と、それに立ち向かうビビアン・ガールズという幼い少女たちの戦いが描かれているのだという。
そういう場面ばかりなのではないが、全裸の子供たちが虐殺される惨たらしい情景などもその拙い描線でしばしば描かれ、とにかく一目でただならないものが見る者に伝わってくる。

率直に言って、私はダーガーの絵を良いとか素晴らしいとか感じたことがない。感じるのは気味の悪さや怖さだ。


ダーガ―のような、専門的な美術教育を受けていない素人が発表の意図もなく残した作品群は通例アウトサイダー・アートと呼ばれる。
ダーガ―の絵から感じるのと同じ怖さを他のアウトサイダー・アートから感じることが多いのだが、忌まわしい恐ろしい物が描かれているとかの内容の面よりはむしろ、同種のモチーフの執拗な繰り返し、細片で埋め尽す徹底した描き込み、飽くことが無いかのような作品の量の多さ、こういった特徴に怖さを感じているのだと思う。

あるいは、何か得体の知れない強烈なエネルギーが出口を見出せないまま渦巻いているのを感じると身も蓋も無く言った方が伝わりやすいだろうか。
ダーガーが残した作品もやはり同様に見る者を脅かすような不穏な力を蔵していて、どういう意味であれとにかく心が強く揺り動かされるということは間違いない。だからこれもある種の感動と言えるとは思うのだが、むしろ作品が放つ強い毒気に当てられると言った方が適切な気がするのだ。


類い稀な人であったには違いない。私も20年前であればおそらく彼とその作品に強く惹きつけられただろうし、こう言う今でも作品を目にすればやはり戦きを感じ揺さぶられもする。
だが、自分を強く揺り動かしてくるものであればそれは畏敬すべきもの美しいものである、とはもう考えなくなった。
 
  
ヘンリー・ダーガー - Wikipedia
 

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