膨らまない話。

Tyurico's blog

橋本治さんの「お正月」という素晴らしい文章

 

昔のお正月は、静かだった。なぜかっていうと、みんな、幸福だったから。幸福だったから、あんまりジタバタする必要がなかった。幸福になるために必要なジタバタは、みんな12月に終わらせてきちゃったから、それでみんな静かに幸福なお正月をやってられた。


 お正月の晴れ着っていうのは、自分のために着るもんじゃないの。誰のために着るもんでもなくて、それは、「みんなでお正月を盛り上げるために着るもの」だったの。だから、「晴れ着の準備」っていうのは、重要だった。


お正月に普段着でいると、「正月なのにそんなもの着てるんじゃない」って怒られたもん。人の目を汚すというそういう発想なんだ。


もちろん、そんなこと言ったって、みんながみんないいカッコできるわけじゃないから、町の中には、ちゃんとビンボったらしい人だっていたよ。でも、お正月だけは違うんだ。どんな人でも、それなりの晴れ着を着てた。「今年1年、どんなに不幸があったって、このお正月の3日が幸福でありさえすれば、平気で頑張っていける」って、みんなが信じてたみたいにね。


 町を行く人がみんなしあわせそうに見えるってことは、すごいことだよ。「なんにも考えなくていいんだ、お前はこの幸福の中にいて、未来を信じてさえいればいいんだ」って、世界全体から言われているようなもんだからね。町じゅうがキラキラしてて、「今日は特別、明日も特別、お正月の間は全部特別 ― だからお前は、幸福ってことがわかるだろう?」ってそんなふうに言われているみたいだった。日本中が、そういう顔をして、「そういうふうにしようね、だってお正月なんだから」って、そんな約束をしてたのさ。「新しく1年を迎える」っていうのはそういうことだった。だから、お正月っていうのは、とってもとっても〝特別の時〟だった。お正月っていうものは、そういうものでなくちゃいけないんだって、オレは思うの。〝ハンカ臭い〟とか言わないでさ、自分のためだけじゃなくて、「みんなのためにもお正月をやろう」って、そう思ってほしいよね。「お正月は特別なんだ。だって新しいスタートなんだから、それだから〝希望〟ってあるんだから」って思えば、それができるようになるよね。希望っていうのは「ある」と思わないとないもんなんだから。


橋本治の明星的大青春』という本の中の、「お正月」という素晴らしい文章から。ふざけたような本に見えてこれが実はかなりの名著。
 
 
 
「どんどん解ってしまう人」 と 「簡単にそうはいかない人」 『橋本治と内田樹』を読んだ - 膨らまない話。