膨らまない話。

Tyurico's blog

小泉 悠さんの『ウクライナ戦争』を読む

 

 

なお、ウクライナ側はこの頃からトルコ製無人機バイラクタルTB・2をドンバス地方に投入し、親露派武装勢力の陣地をいくつか破壊している。これがロシアを刺激して軍事的緊張が高まったという説も見られるが、先に軍事的緊張を高めたのはロシアの側であり、このような主張は本末が転倒していると言わざるを得ない。
p.58

 

 第1章で描いたようにゼレンシキーは正義のヒーローではないし、ウクライナという国家自体も深刻な腐敗など多くの問題を抱えている。また、ウクライナ軍も戦争犯罪(捕虜の虐待やこれを晒し者にすることなど)や住民の巻き添え被害とは無縁ではなく、これらの点はそれぞれに検証され、批判の対象とされるべきだろう。
 しかし、ブチャやその他多くの占領地域(ロシア軍の戦争犯罪はブチャに限られたものではなく、むしろ氷山の一角であった)における振る舞いは、どう考えても「悪」と呼ぶほかないだろう。さらに言えば、今回の戦争はロシアのウクライナへの侵略戦争であり、この点においてもロシアは明確に国際的な規範を犯している。これらの点を無視して、ロシアにもウクライナにも同程度に非がある、と論じるならば、それは客観性を装った悪しき相対主義でしかないのではないか。
p.140

 

 ちなみに、ブチャの虐殺を、ロシア政府は「挑発」と呼んでいる(例えば前述したプーチンの4月12日発言)。つまり、虐殺や拷問や性的暴行はウクライナ軍がブチャを奪還した「後」に起こった出来事であり、ロシアに罪を着せるために仕組まれたものだという主張である。
 だが、ブチャ事件が明るみに出た後、米国の衛星画像サービス企業Maxarが同地上空の衛星画像を公開し、路上の遺体や集団墓地はロシア軍占領当時に出現したことを暴露した。宇宙からの眼を現地住民の証言と照らし合わせて考えるならば、ロシア側の主張には全く信憑性がないことは明らかであろう。
p.140,141

 

しかし、以上のような事情を考慮したとしても、ウクライナ全体がネオナチ思想に席巻されているとは到底言い難い。
 中略
開戦前の段階においてゼレンシキー政権やウクライナ社会がネオナチ化していたと主張するのは困難であると思われる。
 中略
ゼレンシキー政権がアゾフ連隊を利用していることを以てネオナチと呼ぶならば、プーチン政権についても同様とせねば公平性を欠くだろう。
p.218

 

 一方、ウクライナ側と親露派武装勢力との戦闘が下火になった2016年以降、死者数は大きく減少している。特に今回の戦争に先立つ4年間は年間死者数が100人を割り込んでおり、2021年には25人と過去最低を記録した(うち12人は地雷に関連する死者)。
 ウクライナで組織的な「虐殺」が行われており、すぐにでも軍事介入を行って阻止せねばならない、という状況でなかったことは明らかであろう。
p.219

 

小泉さんは「ゼレンシキー」表記。「ゼレンシキー」と書くのがウクライナ発音に近いみたい。
小泉さんは、わからないことは「わからない」と、自分が間違っていたことは「間違っていた」と書くので好感が持てる。大してわかってないくせに俺は全部お見通しみたいな態度で書く手合いもいやがるから。JBpressの杉浦ナントカとか。